ここ数日SNSで、50代で難関国立大学に入った男性のことが話題になっていて。
それに対して賛否両論、それはそれはいろんな意見が飛び交ってまして。まあそれは当然だよね。
ただ、ワタシ的には50代で大学に入るのとか、全然アリだと思うのですが。
やはり、「若くない」ということで意見したい方がいるんだなと。
そういう私も、実は社会人になってから、大学の夜間部に通って教員免許を取っている。
私は国語が得意で国語の先生になりたくて、それで4年生大学の文学部に進学したのだけど。
入学して、なんとなく入ってしまった書道部で書道に沼ってしまい、夢だった国語の先生などそっちのけで書道の教員免許を取ってしまった。
もちろん、在学中に書道と国語の教員免許を取ってしまうことはできたのだが、当時はもう、書道だけでいいと思ってた。なので、卒業時に得た免許は高校の書道科免許のみ。
ただ、分かってはいたけれど、やはり書道だけでは仕事にならない。先生の募集なんてなにもなく。とても生活なんてしていけないから、民間企業に就職した。
まあこれで、私の「国語の先生になりたい」という夢はすっかり終わりを迎えることになったのだけど、大学時代の仲が良かった同級生たちと集まった時、先生になった人の話を聞いていたら、再び「先生になろう」熱が高まってきて。
で、大学の夜間部に入って、国語の先生の免許を取った。
当時、私は24歳。途中で仕事と勉強との両立が大変になり、時間的に余裕がある会社に転職している。
が、時間的に余裕がある会社に入っても、やはり働きながらの勉強は大変で、課題を仕上げてて睡眠不足のまま会社に行ったことも度々あり。
当然ながら、大学は「この人は働いてるから」と、下駄を履かせてくれることはない。
会社も「この人は夜大学に行ってるから」と、仕事を楽にしてくれることはない。
そして、やっと免許を取った時は26歳になっていて。当時もうこの歳で、それも社会人経験者だと先生になるのも厳しくて。
また、悲しいことに世の中不景気のどん底(俗にいう氷河期)で、せっかく手に入れた正社員を手放したら、女の私がまともな仕事に就ける可能性は確実になくて。
で、結局、先生にならないまま今に至る。
転職までして、あんなに大変な思いをして免許を取って、一体私は何がしたかったんでしょうね(汗)
でも不思議と後悔はない。
働きながら勉強することの大変さや周りの目、良いこと悪いこと本当にいろんな事を言われたけど、どちらの意見も、すべて吸収してしまった。
世の中、社会人がなにかに挑戦することが、こんなにも変わった目で見られるんだと。
ただ、これだけははっきり言える。
そんな理不尽だらけの世の中でも、大学だけは公平な場だった。
私が女だからとか社会人だからとか年増だからとか、そんな事は全く関係なく。
試験をクリアしたら単位を貰える。
クリアしなかったら落とされるだけ。
これはホント、現役の学生だった頃には気づかなかった事で、社会に出て不公平を経験してたからこそ、分かったことかもしれない。
これが私の自分語りだが、あの経験はそれから仕事にも活かされてるし、そう、私はその後、OLやりながら書家としても表現活動をしている。20年も。
あの頃がなかったら、多分、書家の夢を諦めるどころか、書道すら続けず、おとなしく会社に埋もれていたと思う。全然別の人生が待っていたんだろうな。
別にそれも悪いことではないけれど。
挑戦は決して無駄にはなっていない。
私が無鉄砲な事をしたのは20代で、まだまだ若かったし、「若気の至」で終わらせる事もできた年齢。
が、これが今の年だったら…あの頃でさえいろいろ言われていたのだから、オバサンになった今では、もう何を言われるか分からない(笑)
でも、挑戦する人を批判する権利は誰にもないと、私は思う。
ましてや、しっかり結果を出した人に。
何度も言うけど、社会人になってからの勉強は並大抵のことではない。それも年を重ねれば重ねるほどシンドくなる。
多分これは本人が一番分かってる事で、それでも成し遂げた人に、私は尊敬の気持ちしかない。
勉強も挑戦も、いくつになってもできる、そんな考えが当たり前になればと思う。

それに対して賛否両論、それはそれはいろんな意見が飛び交ってまして。まあそれは当然だよね。
ただ、ワタシ的には50代で大学に入るのとか、全然アリだと思うのですが。
やはり、「若くない」ということで意見したい方がいるんだなと。
そういう私も、実は社会人になってから、大学の夜間部に通って教員免許を取っている。
私は国語が得意で国語の先生になりたくて、それで4年生大学の文学部に進学したのだけど。
入学して、なんとなく入ってしまった書道部で書道に沼ってしまい、夢だった国語の先生などそっちのけで書道の教員免許を取ってしまった。
もちろん、在学中に書道と国語の教員免許を取ってしまうことはできたのだが、当時はもう、書道だけでいいと思ってた。なので、卒業時に得た免許は高校の書道科免許のみ。
ただ、分かってはいたけれど、やはり書道だけでは仕事にならない。先生の募集なんてなにもなく。とても生活なんてしていけないから、民間企業に就職した。
まあこれで、私の「国語の先生になりたい」という夢はすっかり終わりを迎えることになったのだけど、大学時代の仲が良かった同級生たちと集まった時、先生になった人の話を聞いていたら、再び「先生になろう」熱が高まってきて。
で、大学の夜間部に入って、国語の先生の免許を取った。
当時、私は24歳。途中で仕事と勉強との両立が大変になり、時間的に余裕がある会社に転職している。
が、時間的に余裕がある会社に入っても、やはり働きながらの勉強は大変で、課題を仕上げてて睡眠不足のまま会社に行ったことも度々あり。
当然ながら、大学は「この人は働いてるから」と、下駄を履かせてくれることはない。
会社も「この人は夜大学に行ってるから」と、仕事を楽にしてくれることはない。
そして、やっと免許を取った時は26歳になっていて。当時もうこの歳で、それも社会人経験者だと先生になるのも厳しくて。
また、悲しいことに世の中不景気のどん底(俗にいう氷河期)で、せっかく手に入れた正社員を手放したら、女の私がまともな仕事に就ける可能性は確実になくて。
で、結局、先生にならないまま今に至る。
転職までして、あんなに大変な思いをして免許を取って、一体私は何がしたかったんでしょうね(汗)
でも不思議と後悔はない。
働きながら勉強することの大変さや周りの目、良いこと悪いこと本当にいろんな事を言われたけど、どちらの意見も、すべて吸収してしまった。
世の中、社会人がなにかに挑戦することが、こんなにも変わった目で見られるんだと。
ただ、これだけははっきり言える。
そんな理不尽だらけの世の中でも、大学だけは公平な場だった。
私が女だからとか社会人だからとか年増だからとか、そんな事は全く関係なく。
試験をクリアしたら単位を貰える。
クリアしなかったら落とされるだけ。
これはホント、現役の学生だった頃には気づかなかった事で、社会に出て不公平を経験してたからこそ、分かったことかもしれない。
これが私の自分語りだが、あの経験はそれから仕事にも活かされてるし、そう、私はその後、OLやりながら書家としても表現活動をしている。20年も。
あの頃がなかったら、多分、書家の夢を諦めるどころか、書道すら続けず、おとなしく会社に埋もれていたと思う。全然別の人生が待っていたんだろうな。
別にそれも悪いことではないけれど。
挑戦は決して無駄にはなっていない。
私が無鉄砲な事をしたのは20代で、まだまだ若かったし、「若気の至」で終わらせる事もできた年齢。
が、これが今の年だったら…あの頃でさえいろいろ言われていたのだから、オバサンになった今では、もう何を言われるか分からない(笑)
でも、挑戦する人を批判する権利は誰にもないと、私は思う。
ましてや、しっかり結果を出した人に。
何度も言うけど、社会人になってからの勉強は並大抵のことではない。それも年を重ねれば重ねるほどシンドくなる。
多分これは本人が一番分かってる事で、それでも成し遂げた人に、私は尊敬の気持ちしかない。
勉強も挑戦も、いくつになってもできる、そんな考えが当たり前になればと思う。












