
東京は7月がお盆なので、昨日まで両親の仏壇にお供えをしてました。
本当は、キチンと迎え火や送り火もすべきなんでしょうが、我が家は集合住宅ゆえ、このふたつは省略です。
なので簡素なお飾りを…今年は日比谷花壇さんで、可愛らしいほおずきケース?を買ってきたので、いつもは置き場に困るほおずきですが、今年からはドレスアップして飾れました。
私の両親は、母が8年前の夏、父が6年前の春に旅立ったのですが、それから毎年、細々とお盆のお供えはしています。年々、手抜きになっていくのは事実ですが(汗)。そして、今年は暑さと仕事が激務でヘトヘトで、お墓参りに行きませんでした…お父さん、お母さん、本当にごめんなさい。
でも、お墓参りの回数やお盆の飾り付けが簡単になっていくのとは逆に、両親の仏壇への感謝の言葉は年々増えていってます。
ホント、こればかりは本当に。
母が亡くなった頃から私の人生がだんだんと変わりだし、16年もいた六本木の街とおさらばして、実家のある東京の北のハズレのベットタウンに戻り、それから間もなく、父の看病、そして、見送り。父が亡くなった直後からは、会社の移転、そして、合併。
で、今に至るわけですが。この会社の合併では、私のこれまでの社会人生活では出会わなかった経験を現在進行形でたくさんしてまして、まあつまり、吸収されちゃった会社の社員(私)ってこんなにも惨めなものなんですね。
まあ、職はかろうじて失わずに済んだけど、それまでの何十年にも及ぶ、同業界でのキャリアの全否定と圧倒的な余所者扱い、たかがお菓子ひとつを配るにも一番最後の下っ端扱い…などなど、ああ、いい年した大人がこんなくだらない事をしてるのだから、子どものいじめだってなくならないわけだよな、と、心の底から感じているのであります。
こんなことなら、合併が決まった時にとっとと辞めてしまえばよかったと。どうせキャリアを認めて貰えないのなら、全くの他業種に未経験で入って1からやったほうが気持ち的にもスッキリしただろうと、自分の中にそんな後悔の気持ちばかりが先に立ってるのを残念ながら否定できません。
ただ、ひとつだけはっきりしてるのが、こういう経験を現在進行形でしているからこそ、両親への尊敬と感謝の気持ちが湧いてくること。
私の両親は「正直ものがバカを見る」を地で行ってたような人で、その正直さゆえ割に合わない思いをたくさんしたと思いますが、人をいじめるとか陥れるとか、面倒な事を人に押し付け自分は楽して美味しいところだけ取ろうとか、上にごますってのし上がろうとか、そういう事ができる人ではなく、その性質は幸か不幸か娘の私にもしっかり遺伝してしまい、まあそういうことで、私もしっかり両親と同じ道を歩んでるわけで(笑)。
ええ、若い頃はそれを前向きに考えられなくて、親に反発もしたけれど。
でもそれなりに年齢を重ねた今は、親からこの不器用さを受け継いでよかったなと思います。
そう思えるようになったのは、もう他界して6年だの8年だの経ってるのに、未だに遠方からわざわざお墓参りに来てくれて、私に父や母の思い出話を話してくれ涙ぐんでくれる親戚や、両親の友人知人に出会ってから。
これね、もうなによりもの財産だと思うのです。
人の気持ちって、お金やその場限りのゴマすりで得られるものでは絶対にないですから。
そんなことをお盆の時は、両親のお墓や仏壇の前でブツブツとひとり言のように言っています。てか、何も知らない人がこれ見たら、私、単なるヤバい人なんですけど😅
でもね、お盆飾りが雑になっても、暑さにめげてお墓参りに行かなくても、私はしっかり、あなたたちの娘ですから。安心してね。お父さん、お母さん。











